グラフィックデザイナーは、印刷技術の普及に伴って需要が大きく伸びた業種のひとつです。しかし、グラフィックデザインというものがいつ、どこに起源を発するものか知らない人も多いと思います。そこで今回は、日本におけるグラフィックデザインの歴史について、簡単に紹介します。
「石版印刷」が日本のグラフィックデザインの原点
石版印刷は、1790年代に発明された技術で「石」を版材に用いる平版印刷の一種です。研磨した石面に墨やクレヨンで直接絵や文字を描いたり、転写紙に描いたものを石面に転写したりして製版し、水と油の反発性を利用して印刷を行います。
この技法は、細かなタッチや表情を忠実に再現できる点が特徴です。石を彫らずに直接描くため、グラデーションの表現が容易であり、自分の描きたいイメージをそのまま印刷することができます。
世界的に見ると、近代ポスターの誕生は1880年代にさかのぼりますが、この頃石版印刷の技術も発展を遂げました。日本では江戸時代に「引札」や「絵びら」と呼ばれる多色刷り木版印刷が広く用いられていたのです。
明治期には、たばこ会社の商品やキャラクターが描かれた引札が多く作られ、その鮮やかな色彩は現代のものかと思うほどです。江戸時代後半には、海外で石版印刷が登場し、日本でも欧米から輸入された紙巻きたばこの宣伝ポスターが街に飾られるようになりました。
ポスターとたばこの全盛に伴って需要が大きく伸びる
次に、グラフィックデザインの需要が大きく伸びた背景についてみていきましょう。
明治たばこ宣伝合戦が広告業界を牽引
日本のポスター全盛期とされる1890年代から1900年代初頭、日本でも多色石版印刷によるポスターが製作されるようになりました。明治初期に国内で紙巻たばこが製造され始めると、たばこ製造業者は熾烈な販売競争を展開しました。
岩谷商会、千葉商店、村井兄弟商会という三大メーカーがあらゆるメディアを駆使して宣伝活動を行ったのです。この競争は「明治たばこ宣伝合戦」と称され、広告業界をリードする存在となりました。
石版印刷ポスターは当時の最新メディア
特に石版印刷のポスターは、繊細な表現が可能であり、当時の最新メディアとして注目されました。たばこ産業は、パッケージや宣伝活動を通じて印刷技術の向上に寄与し、20世紀初頭の日本でポスターというメディアの発展を牽引しました。
村井兄弟商会の「ピーコック」ポスターなどは、原画を忠実に再現したユーモアあふれる作品で、同じポスターでも版によって出来栄えが異なる点も注目されます。石版印刷は、描き手の技量により、着物の柄やシワ、女性の表情などに顕著な違いが表れました。
戦時中・戦後のグラフィックデザイン事情
戦時中には、たばこのポスターがデザイナーの表現活動の場として重要でした。1940年以降、民間の広告活動が制限されるなか、たばこは「専売」という国家の制度のもと、比較的自由に宣伝や広告が行われました。
戦後の高度経済成長期には、たばこ以外の業種でも多くのポスターが製作されましたが、たばこポスターの製作数は依然として圧倒的だったのです。
1955年頃からはカラー写真が使用されるようになり、写真の陰影の付け方や照明の作り方、レンズの絞り調整などが写真の出来栄えに大きな影響を与えました。たばこポスターでは、煙をうまく撮るために長時間をかけて撮影が行われ、完璧な瞬間を捉えることが重要とされたのです。
まとめ
日本のグラフィックデザインの原点は、1790年代に発明された石版印刷にあります。石版印刷は繊細な表現が可能であり、特に明治時代にたばこ産業が熾烈な販売競争を展開するなかで重要な役割を果たしました。この競争は「明治たばこ宣伝合戦」と呼ばれ、多色石版印刷のポスターが登場し、広告業界を牽引しました。戦時中や戦後の高度経済成長期には、たばこポスターがデザイナーの表現活動の場となり、カラー写真の導入によりさらに進化しました。日本のグラフィックデザインは、たばこ産業を通じて発展し、多様な表現と技術の進化を遂げてきたのです。